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大阪家庭裁判所 昭和52年(家)1742号 審判

申立人 大阪市長

事件本人 A

主文

大阪市○○児童相談所長が事件本人を養護施設に入所させることを承認する。

理由

(一)  本件申立の要旨は、次のとおりである。

「1 事件本人は、昭和○○年○月○日保護者父B(以下単に保護者父という)と同母C(以下単に保護者母という)との間の長男として出生し、大阪市立a小学校(以下単に小学校という)第二学年に学籍のある児童であり、弟四名妹一名(昭和○年○月○日出生)がある。

2 (1) 昭和五一年八月三一日大阪市○○児童相談所(以下単に児童相談所という)長は大阪府□□警察署長から、『事件本人が、同月三〇日午後一一時三〇分頃△△区△△町×丁目××番地先路上に就寝中であるのを発見したが、事件本人については従来も路上で夜明かしをしたり、池に転落して水死寸前になつたりするなど事故が絶えず、同年に入つて以降事件本人を保護したことが一一回にも及んでいるが。保護者らに子を監護教育する能力が欠けていると考えられるので、事件本人を保護者らに監護させることは不適当である。』旨児童福祉法第二五条による通告を受けたので、保護者父及び小学校教員と協議のうえ、保護者父に事件本人の今後の養育について注意助言し、事件本人を引取らせた。

(2) 児童相談所におけるその後の調査によると、事件本人については、

〈1〉  就学年齢に達した時、保護者らが積極的に通学させるのではなく、小学校側からかなり強く呼びかけられてはじめて通学するようになつたこと、

〈2〉  小学校を欠席することが多く、担任教員が事件本人の通学につき送迎を続けているのに保護者らは通学への理解を示さないこと。

〈3〉  屋外で就寝することが多いにもかかわらず、保護者らは事件本人を積極的に探したり、連れ帰つたりしようとしないこと、

〈4〉  裸のままで徘徊したりするほか、基本的な生活習慣に欠ける点が多く、保護者らが事件本人の躾けをしているとはうかがえない状況が続いていること、

が判明したので、児童相談所はb福祉事務所(以下単に福祉事務所という)と協力しながら保護者らに注意し指導してきた。しかしながら、保護者父は『子供は強くたくましく育てる』などと反復し、事件本人が屋外で就寝するなど上記の事態が続いたうえ、同年一〇月六日児童相談所に対して事件本人が裸で歩いている旨通報があり、同日児童相談所において事件本人を一時保護するに至つた。

(3) 事件本人を一時保護した後、小学校、福祉事務所及び児童相談所が協力して、保護者らに対し事件本人の監護養育について指導して来たうえ、昭和五二年四月六日保護者父、小学校教員、福祉事務所、児童相談所の各担当職員らが協議し、「将来的には保護者らが児童相談所を利用することを考える」とのことで、保護者父が事件本人を引取るに至つた。なお、その後保護者らは、事件本人を児童福祉施設へ入所させることについて同意の意向を示しながら、結局これを拒否するに至つた。

(4) しかしながら、保護者らは、事件本人をc病院へ定期的に通院させたうえ治療を受けさせる必要があつた(事件本人は昭和五一年一一月一七日右腕肘関節部を骨折し、同病院へ同月三〇日まで入院加療を受け、その後昭和五二年二月末までマッサージを受けていた)にもかかわらず通院させず、また同年五月中旬頃以降事件本人が夜間屋外で就寝することが続いていたにもかかわらず、積極的に事件本人を探して連れ帰ろうとはしていなかつたうえ、同年六月一七日児童相談所に対し、事件本人が雨中汚れた衣服のまま戸外に居る旨の通報があつた後、児童相談所へ連れて来られたので、事件本人を児童相談所へ一時保護するに至つた。

3 以上の事情からすると、保護者らに事件本人を監護養育させることは不適当であると考えられるので、事件本人に対する援助措置として児童相談所長が事件本人を児童福祉法第二七条第一項第三号により児童福祉施設へ入所させることが適当であると考えられるが、保護者らがこれに同意しないので、同法第二八条第一項により主文同旨の審判を求めるため、本申立に及ぶ。」

(二)  事件本人にかかる児童相談所の児童記録(第五九七九一号)、当庁調査官Dの調査結果(小学校教頭E、保護者父母、事件本人に対する各調査の結果のほか、大阪府□□署長の回答を含む)、被審人F問の結果、その他本件手続に表われた一切の事情を総合すると、本件申立の要旨1及び2、各記載の事実のほか、次の事実が認められる。

1  事件本人は、昭和五二年四月中は一回遅刻しただけで他は普通に小学校へ登校したが、同年五月中には事件本人の住居外で就寝したことが二三夜あつたほか、小学校教員が迎えに行くことによつて登校したことが一一回あり、また同年六月中には、児童相談所による一時保護が加えられるまでの間に、事件本人の住居外で就寝したことが一二夜あつたほか、病気で欠席した一日を除いて他は全べて小学校教員が迎えに行くことによつて登校したものであること、小学校教員が事件本人を送迎するに至つた理由は、事件本人の保護者らが事件本人の通学について積極的に配慮し援助せぬまま放置していたからであること、

2  (1) 保護者父は、子供の躾けは母の仕事であつて父には責任がない旨考えているほか、事件本人を含めた子に対する教育方針としては、「何事も子の自主的な意思に任せ自由にのびのびと育てることとして保護者がいちいち干渉することをしない。子が夜遅くまで戸外に居る場合であつても何故に探し廻る必要があろうか。時刻が来れば戸閉まりをするが、子は閉め出されることが続くうちに良くないことだと判るだろう。親としては子のことを心配はするが、子を無理に従わせる方法をとらない。」旨主張し、また事件本人の児童福祉施設への入所については、「どのように難かしい子であつても、親が居る限り親が面倒をみるのが当然であり、施設への入所に同意する気はない」旨の意思を有していること。

(2) また、保護者母は、事件本人に何かと問題があるのも保護者父が事件本人を甘やかすからである旨考えているほか、「多勢の子の世話で手がまわらず、事件本人についても少し知能も遅れており、素直に言うことをきいてくれれば良いのであるが、なかなかそうは行かず因つて居り、つい怒鳴り散らしたり手をかけたりすることがある。」旨述べ、事件本人の児童福祉施設への入所については、「事件本人を施設へ入所させて十分教育させることが、事件本人の将来のことを考えると良いように思う。」旨の意思を有していること。

3  事件本人については、軽度の発達遅滞が見られるが、環境因(放任)による遅滞も加わつており、安定して学習できる条件を整えれば、現状以上の能力を引き出すことができると考えられること。

(三)  以上認定の事実関係によれば、小学校、児童相談所、福祉事務所などによる保護者らに対する注意、指導、助言が為されて来たにもかかわらず、事件本人の夜間の住居外徘徊や就寝(斯かる状態自体、事件本人の如き年少の児童にとつて、その生命、身体の安全を欠く状態である)、小学校への登校下校に際しての教員による送迎、その他基本的な生活習慣の欠除が原因となつて生ずる諸種の事態が、反復発生していたことが明らかである。

ところで、一般的には、児童がその父母の監護環境下において養育されることが望ましいものであることはいうまでもないところであるが、事件本人の如く小学校低学年の児童であり、自己の心身の健全な成長発達のために採るべき方針を独力で出来る限り適切に取捨選択することが可能であるとは到底認め難い本件において、保護者父の有する上記教育方針((二)、2(1)参照)を以つて事件本人を遇することは、実際上は事件本人の監護教育を為さないままに放置するのに等しく、また保護者母についても事件本人の監護教育を全く放置するつもりはなくとも実際上はその具体的且つ適切な措置をとり難い上記の状況下にある((二)、2(2)参照)のであるから、このまま事件本人を保護者らの監護環境下におく場合には、事件本人について再び上記の事態(即ち、夜間の住居外徘徊、就寝、通学への支障、その他)が生ずる恐れが多分にあり、斯くては著しく事件本人の福祉を害するものと考えられるところであるから、事件本人の福祉のためには、児童福祉法第二七条第一項所定の措置のうち、事件本人を養護施設に入所させることが適当であると解するところである。

よつて本件申立につき、児童相談所長(申立人は地方自治法第二五二条の一九第一項所定の指定市の市長であり、同項、同法施行令第一七四条の二六第一項に基き、児童福祉法及び同法施行令の規定によつて都道府県知事が処理等することとされている事務の処理等を為す権限を有するものであるが、同法第三二条第一項、大阪市児童福祉法施行細則第二条第一項により、同法第二七条第一項の措置を執る権限が児童相談所長に委任されている。)が事件本人を養護施設に入所させることを承認することとして、主文のとおり審判する。

(家事審判官 斎藤光世)

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